INDEX

第三章 

28話)信じられない事実



 “ショウタハナニヲイッテイル???。”
 翔太の言う意味が、全く理解できなかった。
 固まってしまった芽生を、翔太はまっすぐな視線で見つめ返してくる。
 その瞳は、なぜだかこれ以上ないくらいに、澄んでいた。
 ふいに自嘲的な笑みを浮かべた翔太は、椅子に座りなおすと、少しの間沈黙する。けれでも、意を決したようで、口をひらいた。
「俺達、兄妹って言うのは事実だよ、芽生。
 芽生のオヤジさんは・・・って言うか、俺にとっても遺伝上父親なわけなんだけど・・・俺だけに告白したんだ。
 一夜だけの過ちだったと・・・。
 俺が芽生に向ける視線の意味を、オヤジさんは見逃さなかったさ。
 間違いが起きる前に、俺は部屋に呼び出されて、その事実を聞かされたんだ。」
 ポツリポツリと話す翔太の言葉が、やはり信じられなかった。
 いきなり、とんでもない内容をぶちまけられて、脳が理解しても感情が付いてゆかない。
「嘘・・・。」
 開いた瞳孔のままで、ポツンとつぶやく芽生に、翔太は首を横に振る。
「嘘なものか。ただ、この話はママには知らされてない事実だから・・・ママには言わないようにしてほしい。
 仲良し夫婦に亀裂を入れたくないだろう?」
「それは私も思うけど・・。」
 翔太に言われて、芽生は頷くものの、やっぱり翔太の話はおかしいと思う。
「・・・オヤジさん。一言も芽生には、そんな話しなかったよな?
 さすがに芽生の信頼を失くすのは怖かったんだろうな。
 俺だって、こんな話。信じたくはなかった。
 だから、今まで芽生にも兄妹だなんて話を隠していたんだ。オヤジさんが告白しないのをいいことに、何も言わなかったんだ。
 ・・・・けれども、それも限界だ。
 うわべだけ従兄妹同士なんていう、甘い関係もピリオドを打たないと・・。」
 かすれた声でささやく翔太の言葉を聞いているうちに、ある事に感づいてしまう。
 彼の言葉尻に込められた気持ちを・・。
 錯覚だろうか。
「・・・翔太?ひょっとして、ずっと私の事好きでいてくれたの?」
 ふいに聞いた芽生の質問に、翔太はズルッ。とずっこけそうになった。が、すぐさま体勢を立て直し、
「何を今頃、気付いてるんだ。
 兄妹でなかったら、とっくにお前は俺の女だ。誰にも渡すものか。
 あの竹林にだって・・。
 けれど、現実はそうはいかない。一生、お前を縛っておくなんて出来やしないんだ。」
 俺は、芽生を幸せにできない・・。
 辛そうに、顔をしかめる。そんな翔太の表情は、初めてと言ってよかった。
 それを見た瞬間、芽生の中でパチンと何かの感情がはじけた。
「なぜ、今になって言うの?
 翔太の気持ち、私とってもうれしいよ。私だって翔太の事好きだもの。
 たとえ、兄妹と分かって、一緒になれないと分かっても私、側にいたのに・・。
 なぜ、自分で勝手に決めて、自己完結しちゃってるの?」
 悲鳴に近い声をあげる芽生に、翔太が怒鳴り返す。
「男の欲望を甘く見るな。
 側に寄り添われて、さすがに我慢できるほど、俺はできていねえ。
 妹を犯す兄だぜ。シャレにもなんねぇ。・・・竹林と幸せになりな。」
 最後は、吐き捨てるような言葉だった。
 翔太の心の内の慟哭を聞いたような気がした。
 彼はこれ以上、感情を制御するのが難しいと判断したらしい。
「ごめん。いったん自分の部屋に戻るよ。」
 小さくつぶやいて、立ちあがって二階への階段を上がって行ってしまうのだった。


 一人でポツンと残された芽生は、ボー然と座っていた。
 そして思った。
 これで、分かったから・・翔太が、芽生を避けていた理由を。
 二人は、結ばれてはいけない関係だったのだ・・・。
 自分の気持ちに答えてくれない。なんて、悩んだ日々は何だったのだろう。
 血の繋がった兄を想った自分は・・・。
「そんな・・嘘よ・・。」
(やっぱり信じられない。)
 弱々しくつぶやいて、ポロポロ涙を流し始める芽生の目の前には、空になった茶碗が並んでいる。
(とりあえずは片付けよう。)
 ジッとしていると、潰れそうだった。
 心の中でつぶやくと、芽生は黙々と後片付けを始めてゆくのだった。