かなな著
“ショウタハナニヲイッテイル???。”
翔太の言う意味が、全く理解できなかった。
固まってしまった芽生を、翔太はまっすぐな視線で見つめ返してくる。
その瞳は、なぜだかこれ以上ないくらいに、澄んでいた。
ふいに自嘲的な笑みを浮かべた翔太は、椅子に座りなおすと、少しの間沈黙する。けれでも、意を決したようで、口をひらいた。
「俺達、兄妹って言うのは事実だよ、芽生。
芽生のオヤジさんは・・・って言うか、俺にとっても遺伝上父親なわけなんだけど・・・俺だけに告白したんだ。
一夜だけの過ちだったと・・・。
俺が芽生に向ける視線の意味を、オヤジさんは見逃さなかったさ。
間違いが起きる前に、俺は部屋に呼び出されて、その事実を聞かされたんだ。」
ポツリポツリと話す翔太の言葉が、やはり信じられなかった。
いきなり、とんでもない内容をぶちまけられて、脳が理解しても感情が付いてゆかない。
「嘘・・・。」
開いた瞳孔のままで、ポツンとつぶやく芽生に、翔太は首を横に振る。
「嘘なものか。ただ、この話はママには知らされてない事実だから・・・ママには言わないようにしてほしい。
仲良し夫婦に亀裂を入れたくないだろう?」
「それは私も思うけど・・。」
翔太に言われて、芽生は頷くものの、やっぱり翔太の話はおかしいと思う。
「・・・オヤジさん。一言も芽生には、そんな話しなかったよな?
さすがに芽生の信頼を失くすのは怖かったんだろうな。
俺だって、こんな話。信じたくはなかった。
だから、今まで芽生にも兄妹だなんて話を隠していたんだ。オヤジさんが告白しないのをいいことに、何も言わなかったんだ。
・・・・けれども、それも限界だ。
うわべだけ従兄妹同士なんていう、甘い関係もピリオドを打たないと・・。」
かすれた声でささやく翔太の言葉を聞いているうちに、ある事に感づいてしまう。
彼の言葉尻に込められた気持ちを・・。
錯覚だろうか。
「・・・翔太?ひょっとして、ずっと私の事好きでいてくれたの?」
ふいに聞いた芽生の質問に、翔太はズルッ。とずっこけそうになった。が、すぐさま体勢を立て直し、
「何を今頃、気付いてるんだ。
兄妹でなかったら、とっくにお前は俺の女だ。誰にも渡すものか。
あの竹林にだって・・。
けれど、現実はそうはいかない。一生、お前を縛っておくなんて出来やしないんだ。」
俺は、芽生を幸せにできない・・。
辛そうに、顔をしかめる。そんな翔太の表情は、初めてと言ってよかった。
それを見た瞬間、芽生の中でパチンと何かの感情がはじけた。
「なぜ、今になって言うの?
翔太の気持ち、私とってもうれしいよ。私だって翔太の事好きだもの。
たとえ、兄妹と分かって、一緒になれないと分かっても私、側にいたのに・・。
なぜ、自分で勝手に決めて、自己完結しちゃってるの?」
悲鳴に近い声をあげる芽生に、翔太が怒鳴り返す。
「男の欲望を甘く見るな。
側に寄り添われて、さすがに我慢できるほど、俺はできていねえ。
妹を犯す兄だぜ。シャレにもなんねぇ。・・・竹林と幸せになりな。」
最後は、吐き捨てるような言葉だった。
翔太の心の内の慟哭を聞いたような気がした。
彼はこれ以上、感情を制御するのが難しいと判断したらしい。
「ごめん。いったん自分の部屋に戻るよ。」
小さくつぶやいて、立ちあがって二階への階段を上がって行ってしまうのだった。
一人でポツンと残された芽生は、ボー然と座っていた。
そして思った。
これで、分かったから・・翔太が、芽生を避けていた理由を。
二人は、結ばれてはいけない関係だったのだ・・・。
自分の気持ちに答えてくれない。なんて、悩んだ日々は何だったのだろう。
血の繋がった兄を想った自分は・・・。
「そんな・・嘘よ・・。」
(やっぱり信じられない。)
弱々しくつぶやいて、ポロポロ涙を流し始める芽生の目の前には、空になった茶碗が並んでいる。
(とりあえずは片付けよう。)
ジッとしていると、潰れそうだった。
心の中でつぶやくと、芽生は黙々と後片付けを始めてゆくのだった。